江戸時代の決済手段を知ろう

17世紀前半頃から利用されてきた徳川幕府時代での支払い手段であり、上納や公用取引などの大口の決済で使われていた所定の形式の紙で包んだ貨幣の事である。包の糊づけ部分には、包封者の封印が施される一方で表面には包封者名や額面等が墨書きされていた。この表書きは高い信用力を有していたため開封されることなく市中を流通していた。

小判の場合は100枚を包封した百万包が一般的であった。商業の発達に伴い民間部門において大口決済ニーズが高まり、資金のある大手両替商が、一定の方式に基づいて包金銀を用意するようになった。また便宜のために同様の包装・封印を行って一般に流通させる場合を仲間包と呼んでいる。包金銀は、明治維新後もしばらくの間はかなり一般的に使われたが、明治4年、新貨条例が公布され円・銭単位の新貨幣が流通し始めるようになると、包金銀の流通量は急速に減少し、明治7年までにはほぼその姿を消すことになる。

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