徳川家斉の時代の小判

文政は、江戸270年の歴史において最も文化が爛熟した「化政時代」の後半期。 あのシーボルトが国外に地図を持ちだそうとしたスキャンダル事件が起こるなど幕府の屋台骨は揺らぎ、すでに財政が破綻した状態の中で鋳造されたのが文政小判である。

表面にはたがねによるゴザ目が刻まれ、上下に扇の枠、中央に花押の極印、草書体で書かれた文の文字が入っている。外国への大量流出などで国内の残存数が少なく、極めて稀少性の高いこの小判。元文の改鋳により通貨の供給が増大し金銀相場も安定したが幕府の無駄使いにより品位を低下させ改鋳による財政補填を狙ったために鋳造されたとされる。天気も安定し豊作に恵まれたため、通貨の品位低下による米価の高騰は無く経済が狂うことはなかったが商品生産を刺激して、全国の市場の形成を促進し、幕末以降の資本主義経済の成功を実現させたきっかけと考える説も存在する。

 

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